KEI YAMAMOTO がKEYになったKOTO

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【映画】ダンケルクのネタバレ、あらすじ、キャスト

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ダンケルク

クリストファー・ノーラン監督が初めて挑む実話の映画化は第二次大戦下の歴史的作戦

2017.9.9公開されます。

 

最近は架空で作られたお伽話のような内容の映画をずっと観ていたので、ここらへんで実話の映画を観たくなりました。

実話だけに映画を観終わったあとの感想は作られた物語よりも、感覚が残るような気がします。

自分は出身が広島なので、子供の頃は一週間に一回は必ずといっていいほど平和学習という授業がありました。戦争は昔の話のようですが、とても身近に感じました。

そもそも自分の母親は被爆者なので被爆者手帳を持っております。

この映画にもいろんな苦しみがあり、それを乗り越えて今があると思うととても切ない気持ちになりますし、尊敬もしますね。

それで今は平和かというとそうではなく、北海道の上をミサイルが横切るという現実があったり、国と国が今にもドンパチしそうな雰囲気ですね。

そんなときこそ、こういう戦争を生き抜いた過酷なひとたちを観て理解していきたいなと思いました。

 

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目次

 

 

まず先にこの監督についてお話しましょう!

クリストファー・ノーラン監督って誰?

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本名 Christopher Edward Nolan

生年月日 1970年7月30日(47歳)

 

ロンドンでコピーライターの父と客室乗務員の母のもとに生まれる。

父親はイングランド人、母親はアメリカ人であるため、イギリスとアメリカの国籍を持つ。幼少の頃はロンドンとシカゴの両方で過ごした。

その後ハートフォードシャーのインデペンデント・スクールであるヘイリーベリー・アンド・インペリアル・サービス・カレッジを卒業後、ロンドン大学ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンに入学。

イギリス小説を学ぶ傍ら、短編映画の制作をはじめる。
1998年、『フォロウィング』で初めて長編映画の監督を務める。2作目となった『メメント』の脚本は、弟のジョナサン・ノーランが書いた短編を基にしており、この作品で一気に注目されるようになり、ロサンゼルス映画批評家協会賞やインディペンデント・スピリット賞などを受賞する。
2000年代には新生『バットマン』シリーズの監督に抜擢される。

2005年公開の『バットマン ビギンズ』では期待に反し平凡な興行成績に留まるも、2008年公開の続編『ダークナイト』は公開6日で『バットマン ビギンズ』の興行収入を超えて『バットマン』シリーズ最大のヒットとなり、最終的に全米興行収入歴代2位、世界興行収入歴代4位を記録した(全て公開時)。

また、悪役「ジョーカー」を演じたヒース・レジャー(撮影終了後に死去)は第81回アカデミー賞助演男優賞を受賞。

この作品の成功によりノーランが監督した『バットマン』シリーズはアメリカでは『ダークナイト・トリロジー』と呼ばれるようになった。2012年公開の完結作『ダークナイト ライジング』でも監督を務めた。
私生活では、1997年に映画プロデューサーのエマ・トーマスと結婚。4人の子供と共にロサンゼルス在住。wikipediaより

 

クリストファー・ノーラン監督作品

『メメント』
『ダークナイト トリロジー』
『インセプション』
『インターステラー』
『ダンケルク』

今も大ヒット作バットマンの火付け役の監督ですね。

たしかに彼の作品全て見ていますが実におもしろい!

 

ダンケルクの戦いとは?

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1940年5月、英国海外派遣軍が仏、ベルギー、カナダの部隊と共にドーバー海峡に面した仏の港町ダンケルクの浜辺に追いつめられた。遠浅のため英軍の大型艦船は浜辺に近づけず、兵士たちは故郷までわずか42キロの時点で足止め。

そんな時、撤退作戦援護のため民間の小型船も招集された。コードネームはダイナモ作戦。

900隻もの民間船の協力で起きた奇跡を”ダンケルク・スピリット”と英国人は呼び、今もこの不屈の精神を誇りにしている。

 

ダンケルク作戦を描いた他の作品

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1958年に制作された英国映画「激戦ダンケルク」は、同様にダンケルク撤退作戦を描くが、ノーラン版よりも敗け戦という色合いが濃く、この失態を基に英軍が本気を示すようになったという感じの方が強かった。

64年にはジャン・ポール・ベルモンド主催のフランス映画「ダンゲルク」が制作。

逃げる英軍に連れていってもらおうとする仏軍兵士の視点で描かれているので、また味わいが違う。

 

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あらすじ

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1940年。フランス北端のダンケルク港に、ドイツ軍によって追い詰められた英仏連合軍40万の兵士が停滞していた。逃げ場のない状況で彼らは生還を諦めていなかった。

市街戦から辛くも逃げ延びた若い兵士トミー(ホワイトヘッド)。ダンケルクの浜辺にに向かった彼は、自身の命運をもつ何十万もの兵士たちと、身動きが取れなくなる。

英国海軍ボルトン中佐(ブラナー)はその中で英国軍救出の手を待っていた。彼に知らされたのは民間船も含めたドーバー海峡にいる全船舶を総動員した救出作戦の結構。だが残された時間が限られていた。一方トミーはそこで出会ったギブソン、アレックス(スタイルズ)といった仲間と何とか救出船に乗ろうと画策する。

その頃、兵士たちを救うために、ミスター・ドーソン(ライランス)と息子ピーター(グリン・カーニー)のような民間人も自らの小型船をダンケルクに向けていた。

彼らは頭上に英軍機スピットファイアが飛んでいるのを観て勇気を奮い立たせる。

スピリットファイアのパイロット、ファリア(ハーディー)らは襲いくる敵機から味方を必死に守っていた。果たして敵軍の迫りくる猛攻から、膨大な英仏兵士たちは生き延びることができるのか?

 

キャスト

防波堤

トミー(フィオン・ホワイトヘッド)

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ダンケルクで足止めを食った若い英国兵

 

注目的若手俳優!!

『ダンケルク』にかかわるまで、ほんの1年半前は皿洗いをしながらオーディションに通っていたという正真正銘の無名俳優だ。

 まさに現代のシンデレラボーイを思わせる起用を決めたのは、オーディションで彼を見出したノーラン監督。LA Times に対して監督は「ホワイトヘッドを最初に見た時から感銘を受けた」と語っており、「カリスマ的な存在感があって、若いころのトム・コートネイを彷彿させるんだ」と絶賛している。(トム・コートネイ/英国俳優『長距離ランナーの孤独』など)

 当のフィオンは、出演決定の瞬間について「顎が外れるほどびっくりして、冷や汗が噴き出したよ」と同紙にコメント。本作では、ハリーと並び注目される存在となったが、自身の生活については「物事は変わっていくものだというのはわかる。でもできれば、あまり劇的に変わって欲しくはないんだ」と謙虚に語っている。エマ・トンプソンと共演した『ザ・チルドレン・アクト(原題) / The Children Act』なども控えているフィオン。オーディション番組をきっかけに世界的なスターとなったハリーのように、本作をきっかけに世界を代表する英国俳優へと成長するかもしれない。シネマトゥディより

 

アレックス(ハリー・スタイルズ)

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トミーとギブソン(アナイリン・バーナード)が出会う仲間の兵士。

 

出生名 Harry Edward Styles

生誕 1994年2月1日(23歳)

出身地 イングランド・ウスターシャー・レディッチ

 

なんといってもワンダイのメンバーが役者デビューですから、ここも一番のポイントですね!

イングランドのウスターシャー・レディッチにて、アン・コックスとデズモンド・スタイルズの間に生まれた。幼少時代は、姉のジェマと共に、チェシャーで育ちホームズ・チャペルの学校に通った。7歳の時に両親が離婚し、ほどなく母親が再婚した。16歳のころ、ベーカリーでアルバイトをしていた。 学生時代、クラスメイトとホワイト・エスキモーというバンドを組んでいたことがある。
2016年2月1日、ワン・ダイレクションのマネージメント契約をしていたModest Managementから、CAAのジェフリー・アゾフへ移籍が発表された。
2017年、クリストファー・ノーラン監督の戦争映画「ダンケルク (2017年の映画)」への出演で俳優デビューを飾った。

 

ミスター・ドーソン(マーク・ライランス)

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小型船ムーンストーン号の持ち主

 

本名 David Mark Rylance Waters

生年月日 1960年1月18日(57歳)

出生地 イギリス ケント州 アシュフォード

 

英ケント州アシュフォードで生まれ、子ども時代を米ウィスコンシン州やコネティカット州で過ごす。英ロンドンの王立演劇学校(RADA)を卒業し、舞台俳優として活躍。その後も主に舞台でキャリアを重ね、95年から10年間、シェイクスピア・グローブ座の芸術監督も務めた。
2015年までにローレンス・オリビエ賞を2度、トニー賞を3度受賞する。その一方で、87年の『ハーツ・オブ・ファイヤー』(日本劇場未公開)を皮切りに、『インティマシー/親密』(01)や『ブーリン家の姉妹』(08)、『ブリッツ』、『もうひとりのシェイクスピア』(ともに11)といった映画にも出演。
スティーヴン・スピルバーグ監督の『ブリッジ・オブ・スパイ』で、アカデミー助演男優賞や英国アカデミー賞 助演男優賞などを受賞する。テレビドラマでも、実在の政治家トマス・クロムウェル役で主演した歴史ドラマ『ウルフ・ホール』でも高い評価を得て、エミー賞やゴールデングローブ賞にもノミネートされる。(また、第73回ゴールデングローブ賞では、『ブリッジ・オブ・スパイ』でもノミネートされており、映画・テレビ部門の両方でノミネートされた)
今後は、スピルバーグ監督がロアルド・ダールの名作児童書オ・ヤサシ巨人BFGを映画化する『BFG: ビッグ・フレンドリー・ジャイアント』(16)では主演を務めることとなっている。
2017年にナイトに叙勲されている。

 

フィリア(トム・ハーディー)

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スピットファイアの腕利きパイロット

 

本名 Edward Thomas Hardy

生年月日 1977年9月15日(39歳)

出生地  イングランド・ロンドン

国籍  イギリス

 

2001年にリドリー・スコット監督『ブラックホーク・ダウン』でハリウッドデビュー(Thomas Hardyの名前でクレジットされている)。 映画のほか舞台俳優としても精力的に活動しており、2004年には舞台『In Arabia, We'd All Be Kings』でのパフォーマンスでローレンス・オリヴィエ賞にノミネートされた。
2010年の映画『インセプション』のイームス役で国際的に知名度をあげた。また、同年はじめにはフィリップ・シーモア・ホフマン監修の舞台『The Long Red Road』で主役を演じ、好評を博した。それらの成果を踏まえ、翌2011年2月の第64回英国アカデミー賞でライジング・スター賞を受賞する。
2012年公開の『ダークナイト ライジング』では悪役のベインに抜擢された。

2013年、スティーヴン・ナイト監督の『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』で主演を務める。
2015年には『マッドマックス 怒りのデス・ロード』で主役のマックス・ロカタンスキーを演じた。

 

そもそもスピットファイアって何??

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正式名称はスーパーマリン スピットファイア(Supermarine Spitfire)

イギリスのスーパーマリン社で開発された単発レシプロ単座戦闘機である。

第二次世界大戦においてイギリス空軍を始めとする連合軍で使用された。

1940年のイギリス防衛戦(バトル・オブ・ブリテン)の際に活躍、イギリスをドイツ空軍の手から救った救国戦闘機として有名である。
楕円形の特徴的な主翼を持ち、翼断面は高速を発揮するために薄かった。

主任設計技師であるR.J.ミッチェル(1937年死去)とジョセフ・スミスを始めとする彼の後継者たちによって設計されたスピットファイアは、パイロットたちからの支持は厚く、第二次世界大戦のさまざまな状況で活躍した。

基本設計が優秀であったことと、戦況に応じたエンジンの出力向上(しかも排気量はグリフォン・エンジンまで変化していない)によって長期間にわたり活躍し、23,000機あまりが生産され、1950年代まで使用された。

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ノーランがこの映画を作った理由

1990年代半ば。ノーランと共同制作のエマ・トーマスは、ノーラン所有の小型船でダンケルクを訪れた。ところがドーバー海峡を渡るのに19時間もかかり、「爆撃がなくてもこんなに困難なのに、民間人が小さな船で戦場へ向かおうとするのは、どれだけすごいことか」と、それまでの歴史的認識を覆される思いを抱いたことが始まりだと監督はいう。

 

まとめ

 「ダークナイト」「インセプション」「インターステラー」など、次々と新たな映像世界を生み出す鬼才クリストファー・ノーラン監督(兼脚本、共同制作)が初めて実話の映画化に挑んだ緊迫感あふれる戦争ドラマ。

第二次世界大戦史に残る、史上最大の救出作戦”ダンケルクの戦い”(ダイナモ作戦)を基に、独軍に追い詰められた英仏軍40万人の生き残りをかけた奇跡の撤退作戦を、陸海空それぞれ異なる時間軸の出来事が一つの物語として同時進行するサスペンスフルな方式で描く。

ただの戦争映画でなく、観ているお客様側でも考えさせられる作品となっているのではないでしょうか?

生き残りをかけた戦いを見に行きたいと思います。

 

「ダンケルク」を観終わった感想。

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今回この映画を見て一番に驚いたのは台詞の少なさ!

やはり人間と一緒で、よく喋るやつほど信頼性がないというか、嘘っぽく聞こえる。

それを映画でいうと、嘘っぽくなく、本物を観ているかのようでこの映画を観終わった後は実際に自分が体験したかのようにどっと疲れました。

なぜこんなにも自分が体験したかのような感覚に陥ったのでしょう。

その答えは必然で、この監督のこだわりが入っているからこの感覚を手に入れることができたのではないでしょうか?

そのこだわりとは?

クリストファー・ノーラン監督はCG嫌いでも有名で、CGよりも実写撮影にこだわっています。

そのため無理矢理な、重力を無視した撮影などほとんどありえません。

映像に真実が映し出されているということですね。でもそれだけではありませんでした。

音がすごい!

普通、映画では聞きやすい音に加工しますが、そうではなく耳が痛くなるような音まで現実的でした。

ここは本当抜け目がなくより観ている側でもよりリアルに感じてほしい部分が表れていますね。

あとは残念なことに私の大好きな物語性は全くありません、主人公もいないですね。

それぞれこの戦争からどう生き延びて故郷に帰れるのか?

それだけがこの映画のゴール。

どこも分岐点はなく枝分かれも何もありません。

海、空、防波堤の3つの場所で別々の物事が進行していきますが、最後にはその物事が一つにまとまります。

その分現実的でしたが、あまりにも台詞がないので眠りそうになりましたが(だめじゃん!)

顔の表情の変化や、体の動かし方で人々の感情を描いていたところは素晴らしかったですね。

現実は多分こんな感じだろうなと思いました。

あとは敵の表情や心境など一切写していないので、観ているお客さまも全く敵がどういう状況かわらないという映画の作り方は成功ですね。

登場人物と同じ心境になれるので、なぜ今この表情をしているのかわかりやすくなりますし、見てる側もかなり恐怖心を抱きます。

今回この映画を観て、戦争がどれだけ残酷で哀れなものなのか分かりやすいですね。

同じようなことが起こらないためにもぼくらは身近に感じていないとだめですね。

クリストファー・ノーラン監督の次回作にも期待します!

 

 

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